「猫処(ねこどころ)」へようこそ。
私は猫と暮らして26年になります。いまは3匹の猫と一緒に暮らしていて、譲渡会で出会った子もいれば、外で暮らしていたところを保護した子もいます。年齢は5歳、6歳、12歳。性格も、人との距離感も、見事なくらいバラバラです。
26年も一緒にいると、さぞ猫のことが分かるようになるだろう、と思われるかもしれません。ところが実際は逆で、年々「猫って、分からないな」と思うことが増えていきます。そして不思議なことに、その「分からなさ」ごと愛おしくなっていくんですね。
このブログでは、猫との暮らしのあれこれを少しずつ書いていくつもりですが、その根っこにある考えはひとつだけです。最初の記事では、それをお話ししてみたいと思います。
焦らなくていい。
これが、このブログがいちばん伝えたいことです。
猫は、こちらの都合では動いてくれない
猫と暮らしはじめてまず気づくのは、猫がこちらの期待どおりには動いてくれない、ということだと思います。
なでたいときに限って、するりとかわされる。呼んでも来ない。かと思えば、仕事に集中したいときに限ってキーボードの上に乗ってくる。おもちゃを買ってあげたのに、入っていた段ボールのほうがお気に入りになる。
はじめのうちは、これがちょっとしたストレスになるかもしれません。「なつかれていないのかな」「何か間違えたのかな」と不安になる方もいるでしょう。
でも、長く一緒にいて分かってきたのは、猫は私たちを拒んでいるわけではない、ということです。猫はただ、自分の時間を自分のペースで生きているだけ。人に合わせて動く生き物ではないんですね。犬と比べて薄情だと言われることもありますが、そうではなくて、愛情の表し方の作法がまるで違うだけなのだと思っています。
そしてこの「こちらの都合では動いてくれない」ことこそが、猫と暮らす醍醐味だと、いまの私は感じています。思いどおりにならない相手と、それでも同じ屋根の下で穏やかに暮らせるようになっていく。その過程そのものが、猫との暮らしなんですね。
うまくいかない日の正体は、たいてい「早すぎる」こと
とはいえ、私も最初からそう思えていたわけではありません。むしろ失敗のほうがたくさんあります。
いちばん覚えているのは、迎えたばかりの猫を、無理に抱っこしようとしたときのことです。早く仲良くなりたくて、まだ警戒している子を抱き上げたら、腕に思いきり引っかかれました。痛かったですが、それ以上にこたえたのは、そのあと猫がしばらく私に近づかなくなったことです。よかれと思ってしたことが、せっかく縮まりかけていた距離を、逆に押し広げてしまったんですね。
猫との暮らしでうまくいかないことがあったとき、振り返ってみると、原因はたいてい「早すぎた」ことでした。触るのが早すぎた。距離を詰めるのが早すぎた。「もう大丈夫だろう」と判断するのが早すぎた。
猫のほうが間違っていたことは、ほとんどありません。猫はいつも、自分の準備ができたタイミングで、ちゃんとこちらに来てくれます。私たちにできるのは、そのタイミングを奪わないことだけ。待つことは何もしないことではなくて、猫との暮らしにおいては、いちばん積極的な働きかけなのだと思います。
あのとき引っかかれた子は、いまでは私の膝の上で眠るようになりました。ただしそれは、私が抱き上げたからではなく、あの子が自分で乗ってくると決めてくれたからです。
うちの3匹を見ていても、慣れるまでの道のりは本当にそれぞれでした。わりと早くに膝へ来るようになった子もいれば、外での暮らしが長かった子は、同じ部屋でくつろいでくれるまでに随分と時間がかかりました。同じ家、同じ飼い主でもこれだけ違うのですから、「普通は〇か月で慣れる」といった目安は、あまりあてにならないのだと思います。比べる相手がいるとしたら、よその猫ではなく、1か月前のその子だけで十分です。
それでも、猫のいる暮らしは静かに満ちていく
こんなふうに書くと、猫との暮らしは我慢ばかりのように聞こえてしまうかもしれません。でも実際は、その逆です。
迎える前に想像していなかったことは、いくつもありました。たとえば、夜がこんなに賑やかだとは思っていませんでした。人間が眠ろうとする時間に限って、猫たちは廊下を走り、階段を駆け上がり、運動会をはじめます。最初は驚きましたが、いまではあの足音を聞くと「今日も元気だな」と、むしろ安心するようになりました。
そして何より予想外だったのは、常にそばに猫がいる、という感覚がこんなにも落ち着くものだったことです。特別なことは何もしていなくても、同じ部屋のどこかで猫が丸くなっている。本を読んでいる私の視界の端で、毛づくろいをしている。それだけで、部屋の空気が少しやわらかくなる気がするんですね。
べったり触れ合っていなくても、同じ空間にいるだけで満たされる。この距離感の心地よさは、猫と暮らしてみてはじめて分かったことでした。仲良くなるというのは、抱っこできることでも、いつでも触れることでもなくて、お互いが安心して同じ場所にいられること。26年かけて、そう思うようになりました。
「焦らなくていい」の、ただひとつの例外
ここまで「焦らなくていい」とお伝えしてきましたが、ひとつだけ例外があります。体調のことです。
ごはんを丸一日食べていない。排泄をしていない。嘔吐や下痢が続いている。そういうときだけは、「猫のペースに合わせて」待っていてはいけません。猫は不調を隠すのがとても上手な生き物で、様子がおかしいと分かる頃には、症状が進んでいることも少なくないからです。
心の距離は、いくら時間をかけてもかまいません。むしろ時間をかけたほうがうまくいきます。でも体のことだけは、迷ったら早めに動物病院へ。「焦らない」と「様子見」は違う――これも、長く猫と暮らすなかで学んだことのひとつです。
まとめ―猫のペースで、猫と暮らす
猫と暮らすということは、思いどおりにならない相手と、同じ時間を生きていくことです。
なつくのが遅くても、焦らなくていい。よその猫と比べなくていい。うまくいかない日があっても、それはたいてい「早すぎた」だけで、猫のペースに戻れば、また少しずつ進みはじめます。そして気がつけば、そばに猫がいることが当たり前の、静かで満ち足りた毎日になっている。26年経ったいまも、私はその途中にいます。
このブログ「猫処」では、これから、猫を迎えるときの準備のこと、困った行動との向き合い方、健康やお手入れのこと、そして肩の力を抜いて読めるコラムなどを、少しずつ書いていくつもりです。どの記事の根っこにも、今日お話しした「焦らなくていい」が流れています。
猫との暮らしに、正解を急がなくて大丈夫。その子のペースで、ゆっくりやっていきましょう。ここが、そのための休憩所のような場所になれたらうれしいです。
