2匹目、3匹目を迎える日。私は毎回、猫より先に自分が疲れ果てていました。
多頭飼いの記事を読みあさり、隔離部屋を用意し、対面の手順を紙に書き出して、当日の朝は妙に落ち着かない。冷静に考えると、我が家に来るのは体重3キロの生き物です。それなのに、前の晩は遠足前の小学生みたいに眠れませんでした。
そして毎回、実際に起きることは想像とは違う方向でした。今回は肩の力を抜いて、先住猫と新入り猫の顔合わせで「うちもそうだった」と頷いていただけそうな場面を、10個並べてみます。うちは12歳の子が先住で、そこに1匹、また1匹と増えていった家です。同じ家で同じ手順を踏んだのに、2回の顔合わせはまるで違う結末になりました。その話も交ぜながらお話ししますね。
1. 人間だけが臨戦態勢に入っている
まずこれです。ケージ、脱走防止の柵、隔離用の部屋、フェロモンスプレー、においを交換するためのタオル。買い物かごの中身が、いつのまにか引っ越し並みになっています。私は部屋の見取り図まで描きました。動線を検討していたんです。誰も頼んでいないのに。
一方、当の先住猫は、いつもの場所でいつもの顔で寝ています。その寝顔を見ながら「ごめんね、明日から生活が変わるからね」と語りかけたら、うるさいな、という顔でしっぽを一回だけパタンとやられました。
人生を左右する大事件だと思っているのは、この家で私ひとりでした。
2. 初日は、ドア越しの気配だけで終わる
顔合わせといっても、初日から対面させることはまずありません。新入りを別室に入れて、ドア越しに気配を感じてもらうところからです。
そして、その日一日で何が起きるかというと――何も起きません。先住猫がドアの前に座り、中の様子を10秒ほどうかがい、飽きて、どこかへ行く。以上です。所要時間10秒。
私はといえば、その一部始終を廊下の角から見守り、「今、ドアの前に座りました」と誰にともなく実況していました。あんなに準備した初日の記録が、日誌にすると「特記事項なし」の一行で片づいてしまうのは、なかなかの肩透かしですよね。
3. 「シャー」で、人間のほうが泣きそうになる
そしていよいよ顔を合わせた瞬間、先住猫の口から出るあの音。シャー、あるいは腹の底から響くウーという唸り。
頭では「威嚇は正常な反応です」と分かっているんです。記事にもそう書いてありました。読んで、納得もしていました。それでも、いつも膝の上で溶けたパンみたいに丸くなっている子が、知らない顔で牙をむくのを見ると、想像以上にこたえます。この子にこんな思いをさせてよかったんだろうか、と、その晩ふとんの中で本気で考えました。
反省会をしている私の足元で、当の本人はいびきをかいて寝ていました。10分後にはごはんを完食していたそうです。引きずっていたのは人間だけでした。
4. 段取りは、だいたい事故で無効になる
「1週間は完全隔離、2週目からケージ越し、3週目に短時間の対面」。そうやって組んだ計画が最後まで守られたことは、正直に言って一度もありません。
たいてい、途中でドアが開きます。人間が部屋を出入りするほんの一瞬、するりと廊下に出た新入りと、たまたま通りかかった先住猫が、廊下のど真ん中で鉢合わせる。
その瞬間、家の中でいちばん大きな声を出したのは私でした。慌てて駆けつけると、猫たちはもう距離を取って座っており、むしろ「なんだこいつ」という顔でこちらを見上げています。当事者ふたりは落ち着いていて、第三者だけが取り乱している。
計画表の2週目までを一瞬で飛ばされたあの日、私は紙を静かに折りたたんで引き出しにしまいました。
5. 拍子抜けするほど、あっさり終わる組もある
これは、うちの1回目がまさにそうでした。
数日かけて慎重に進めるつもりが、試しに対面させてみたら、先住猫は新入りをちらっと見て、ふんふんとにおいを嗅いで、終了。あとはいつもの場所で寝てしまいました。体感3秒です。
こちらは何かあれば即座に間に入れるよう、床に正座して待機していました。威嚇もドラマも起きないまま、正座した人間だけが部屋に残されたあの空気。ここまで身構えていた自分は何だったんだろう、と少し笑ってしまったのを覚えています。
猫同士の相性は、性格の組み合わせや年齢差、その子が過去に猫と暮らした経験があるかなど、いろいろな条件が重なって決まります。運が良かっただけなのですが、猫は案外、こちらが思うほど大ごとにしていない――これは覚えておいて損のない実感でした。
6. 順調だと思った翌日に、また距離が開く
ただし、一度うまくいったからといって、そのまま右肩上がりに仲良くなるわけでもありません。
昨日は同じ部屋でくつろいでいたのに、今日は目が合った瞬間にどちらかが立ち去る。並んで日向ぼっこをした翌週に、突然の猫パンチ。
昨日はうまくいってましたよね、あれは何だったんですか、と事情を聞きたくなりますが、聞いたところで返ってくるのは、あの何も語らない目だけです。猫同士の関係は直線ではなく波で進んでいくのだと思います。落ちた日を一日ずつ数えていると気が滅入るので、私は月単位でしか見ないことにしました。
7. 先住猫が、急に甘えん坊になる
新入りが来てしばらくすると、先住猫の様子が変わることがあります。それも、怒るのではなく甘える方向に。
やたらと膝に乗る。呼んでもいないのに足元にまとわりつく。トイレにまでついてくる。「こんなに甘えてくれるなんて」と最初は喜んでいたのですが、あるとき気づきました。膝の上のその子は、私を見ていません。少し離れたところにいる新入りのほうを、じっと見下ろしています。
甘えているというより、これは占有権の主張です。私は椅子でした。
とはいえ、この変化に気づけたときは、意識して先住猫の時間を先に取るようにしています。ごはんも遊びも、なでるのも、まず先住猫から。順番というのは、猫にとってわりと大きな意味を持つようです。
8. 図太いのは、たいてい新入りのほう
心配していたのは先住猫のストレスだったのに、ふたを開けてみると、まったく動じていないのは新入りのほうだった、というのもよく聞く話です。
来て数日でお気に入りのベッドを占領する。先住猫のごはんに顔を突っ込む。そして先住猫は、自分のベッドを取られた結果、少し離れた床でおとなしく丸くなっている。
どっちが先輩か分かってる? と聞きたくなる光景ですが、当の先輩が何も言わないので、こちらも何も言えません。新入りの辞書には遠慮という項目がないようです。
9. 力関係が、体格も年齢も無視して決まる
そして序列は、人間の予想をだいたい裏切ります。
体が大きいほうが強いわけでもなく、先に住んでいたほうが上になるわけでもない。堂々とした体格の子が、ひとまわり小さい子とすれ違うときに、なぜか壁際に寄って道を空けている。日当たりのいい特等席も、いつのまにか小さいほうの指定席になっている。
そこ、君が10年前から使ってた場所だよね。そう言ってみたところで、猫は何も言い返してくれません。
しかも当人たちは、それで揉めているわけではないんですよね。決まってしまえば、その順番で淡々と暮らしている。納得がいっていないのは人間だけ、ということが本当に多いように思います。
10. 憧れていた「並んで寝る姿」には、たどり着かないこともある
多頭飼いを考えるとき、頭に浮かぶのはきっと、2匹が団子になって眠っている写真ではないでしょうか。私もそうでした。
うちのもう一組は、その姿にはたどり着きませんでした。今でも、微妙な距離感のままです。同じ部屋にはいる。すれ違っても騒がない。でも寄り添うことはないし、毛づくろいをし合うこともない。それぞれが部屋の対角線上にいる、という状態が何年も続いています。
写真フォルダには、2匹が同じ画面に収まった奇跡の一枚があります。拡大してみると、見事に真逆を向いています。
最初のうちは「もっと仲良くなれるはずだ」と思っていました。でも今は、これで十分に成功なのだと思っています。猫はもともと群れをつくらずに生きてきた動物ですから、他の猫と平気で同じ空間にいられること自体が、けっこうな譲歩なんですね。無関心でいられるというのは、実は穏やかな関係の完成形なのかもしれません。
まとめ――人間の心配は、だいたい空回りする
10個並べてみて思うのは、そのほとんどが「人間が勝手に心配して、勝手に拍子抜けした話」だということです。
見取り図を描き、計画表を作り、正座して待機し、廊下で叫び、ふとんの中で反省会をする。その横で、猫たちは自分たちのペースで距離を測り、いつのまにか落ち着くところに落ち着いていました。何年も経って振り返ると、私が徹夜で調べた手順よりも、ただ時間が経ったことのほうがずっとよく効いていた気がします。
もちろん、人間にできることがないわけではありません。逃げ場と隠れ場所を用意しておくこと、ごはんとトイレを別々にしてあげること、うまくいかない日に無理に近づけないこと。このあたりを守っていれば、あとは待つ時間です。
これから2匹目を迎える方は、きっと今、あれこれ心配していると思います。その心配は、たぶん半分くらいは空回りします。そしてそれでいいのだと思います。心配した分だけ準備はできているので、あとは猫たちが自分で決めてくれますから。
焦らなくて大丈夫。うちの対角線上の2匹も、今日も何事もなく、それぞれの角で寝ています。
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